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長崎原爆の日

長崎の公立小・中学校では、夏休み中の8月9日は登校日になっていて、教室のテレビで平和祈念式典を見て、11時2分に黙とうをし、原爆や平和について学ぶ1日となっています。毎年そうですし、他にも原爆資料館を訪れる機会があったり、被爆者の方からお話しを聞く機会などもあり、小学生の頃から、原爆には多く触れることができます。

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(出典:http://www.at-nagasaki.jp/spot/130/

私の母は被爆者なので、私は被爆二世です。クラスメートにも被爆二世は大勢いて、それが当たり前の環境で育ちました。

一方、進学や就職で長崎を出ると、長崎で学び感じた原爆の身近さが、県外では温度差があることに気付き、そこに小さな失望を感じることは、多くの人が語るところです。

海外で被爆体験を語る活動をしている方が、その活動のために批判されたとき、「その人の背景によって、(同じ原爆でも)見え方は違う」とお話しされていました。温度差があることを責めるのではなく、「どうしたらその方々にもっと知ってもらえるだろう、関心を持ってもらえるだろう」と話し続ける姿に胸を打たれます。

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(出典:http://www.at-nagasaki.jp/spot/130/

これまでに私が出会った被爆者の多くの方は、もう亡くなっています。

今日の田上長崎市長の平和宣言で「人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです」という言葉を聞いて、何年も前にお会いした方々のお顔が浮かびました。被爆体験を語ってくださった方々の言葉が、今も自分の中で生きているのだなぁと思いました。

今年7月、国連加盟国の6割を超える国々の賛成を得て、核兵器禁止条約が成立しました(オランダ反対、シンガポール棄権)。日本政府は投票どころか、その交渉会議にも参加しませんでした。

平和宣言は次のように続いています。

「日本政府に訴えます。

核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。」

 

参考URL:田上長崎市長平和宣言全文

www.huffingtonpost.jp

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