MOMOYAMA.FR

アフリカ生活から日本へ。日本でもフランス語をより楽しみたいサイトです。

モモヤマのプロフィール

北アフリカ(フランス語圏)で10年働いた経験と、チュニジア人家族との9年間の結婚生活から、ディープなアラブ・マグレブ世界の生活習慣や家族観、家庭料理を学びました。「なによりも家族が大事!」という家族観やレシピ、日々のつれづれをフランス語と一緒にご紹介します。

毎日の生活に、北アフリカやフランスの文化や言語を織り交ぜ、「毎日にちょこっと外国」をお届けします。「日常生活に外国語があるって楽しい!」と思っていただけると嬉しいです。

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こんなに長い付き合いになるとは!
イスラム・北アフリカに出会うまで

地元の長崎でキリスト教系の高校・短大を卒業後、京都の大学に進みました。

友人との卒業旅行で、「誰も行かないようなところに、何も決めずに行こう」とトルコへ行き、イスラムの魅力に度肝を抜かれました。地元ではキリスト教の教育を受けていたので、まったく違うトルコのイスラムの美しさに驚き、イスラム世界の勉強をしたいと思いました。

これ以降、約15年に渡って、中東~北アフリカのイスラム世界と付き合うことになるとは夢にも思いませんでしたが、これが出発点でした。

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新潟の大学院に進み、中東・パレスチナ研究を始めました。学生も半分は外国人、授業も寮生活もすべて英語という環境でした。授業では山ほど英語の本の課題が出て、議論をするという形式で、最初はまったく付いていけませんでした。ひたすら英語の本を読み、クラスメートの言葉尻をなんとか理解して、たどたどしく話すうちに、英語の環境がだんだん普通になり、議論するのが楽しくなってきました。

その後、京都の大学院に進み、中東・パレスチナ研究を続けました。大学の方針で、休暇のたびに現地調査に行っていましたが、パレスチナの情勢が不安定になり、現地調査ができなくなってきました。ちょうど新潟時代に一緒だった大学院生(チュニジア人)と結婚したタイミングでもあり、「現地に行けないならパレスチナ研究もできないなぁ。今後、チュニジアに縁が深くなるなら、チュニジアに関連した研究に変わるべきかな…」と悩んだ挙句、大学院を休学してチュニジアに移住しました。

アラビア語が通じない…。
そうだ、フランスに留学しよう。

チュニジアに行ってみたら、それまで学んでいたアラビア語がほとんど通じない!とびっくり。アラブ世界は広く、パレスチナのある東側と、チュニジアがある西側とは言葉が全然違うと聞いてはいたけれど、これほど違うとは!

しかも、ところどころフランス語が入ってて意味不明!

義理の家族とも意思疎通ができず、これは困ったと思い、フランスに1年間留学し、フランス語を学びました。ローヌ・アルプ地方という、スイスに近い場所で、チーズやチョコレートが美味しく、1年で10キロ太りました。学生仲間とモンブランにも登り、貧乏だけど楽しい生活でした。

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チュニジアで通訳・翻訳者の仕事を開始。
国立大学の教員として、日本文化を広める活動も

チュニジアに戻ってから国立大学の日本語講座主任として働き始めました。授業は夕方~夜だったので、日中は通訳・翻訳者(フランス語、英語)として、官公庁、民間企業、NGO等と共に働いていました。

国立大学では、授業の傍ら、課外活動として、チュニジア人学生向けに日本文化クラブを設立しました。JICAシニア・ボランティアの方々の協力を得て、お茶会、生け花、書道、折り紙や日本語の歌など、月1回のワークショップを行いました。また国際交流基金の助成を得て、第1回日本語スピーチコンテストを行ったほか、日本語教材や辞書の寄贈を受け、図書館を充実させることができました。これらはチュニジア人の学生たちが日本人と話したり、日本文化に触れるよい機会となりました。

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シャワーのようにフランス語を浴び、生の文化に浸る、チュニジア家庭での暮らし

チュニジアでは義理の両親と同居していました。元夫の実家なので、バカンスになると家族が海外のあちこちから帰って来て、家の中が総勢20名になることも。

義理の母の美しいフランス語をシャワーのように浴び、家庭料理を習い、親戚の子供たちと遊んだりと、家族の中にどっぷり浸かって、よい時間を過ごしました。

大変なことも多かったですが、家族として受け入れてもらい、とても豊かな時間を過ごしました。数年後に夫とは離婚しましたが、義理の姉妹は今でも連絡を取る友達です。

 国際協力の仕事

通訳の仕事をきっかけに日本企業に転職し、国際協力の仕事に携わりました。社内だけではなく、社外でもさまざまな方々に助けられ、なんとか覚えた現場の仕事は楽しく、あっという間に2年が過ぎました。その後、モロッコに移って同じ仕事を続けました。フランス語・英語で日常的に会議や交渉を行い、一緒に働いた人々の国籍は10か国以上になりました。

2013年末に帰国し、2014年からフリーランス通訳・翻訳者、フランス語・英語講師として、日常~ビジネス会話、英検・仏検対策講座、添削などを行っています。

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